nenga1
画像提供:日本郵政株式会社郵政資料館

新年のゴアイサツ

年末から新年にかけてどこの家でも見かける、年賀状。
携帯や、Eメールが普及して減少傾向だったが、
2009年は41億3,684万枚と実は昨年に続いて発行枚数は増えている。

そんなお年玉付き年賀はがきが初めて店頭にならんだのは、
1949年12月の1日のことでした。
発行枚数は1億8,000万内枚。
当時の日本国民の人口は約8,500万人。
まだ字の書けない子供を除くと
一人10枚くらいはこの年賀はがきを送った事になります。
当時の値段は、2円のはがきと寄附金付きのはがきが3円。
そのうちの1円の寄付金は戦後の恵まれない生活社会を助けたのです。
ちなみに当時の3円は今の価値でいうと25円くらい。

年賀はがきが生まれた当時を八十三歳の金曽郁子さんは語ってくれました。

「やっぱり物も夢も持ちにくい時代だったから、
 お正月にちょっとした値段で何かを贈れるという喜びはあったわね。
 でも、正月はもうあちこち掃除したり、
 挨拶まわりでゆっくり年賀状を書くなんてできなかったのよねぇ。

 それでもね、
 その年に狭い社宅の中で皆が束になってきた年賀状に顔はほころんでたわ。
 そうそう。みんな、お年玉切手シートは欲しかったのよね。
 他の景品なんかより。
 たーくさんきても当たらない人は当たらなくてねぇ、
 当たったくじをその人に譲ったりなんかして。」

ひとつひとつ思い出すようにうなずきながら郁子さんの話は続きます。

「年賀状が還暦?
 私の方がもっとおばあちゃんだものねぇ。
 出たって時はきっと隣の奥さんなんかに、そういうのが出たのって聞いて。
 “じゃあ買ってみますか”ってそういう感じだったような。
 特別新しいものが来たってことはなくてねぇ。

 でも年賀状はまだある層の人しか使ってなかったわ。
 ちゃんとお勤めできていたり、お商売なされてたりする人が主にって感じで。
 やっぱりまだまだ、それどころじゃなかったのよね。
 なんだかんだでまた年が明けちゃって目出たいけれど、どう暮らしていこう。
 そんな時にほんの少し笑顔になれたという感じかしら。
 今はもちろんあの頃にくらべれば豊になったけど、
 “当たった!”なんて孫がやってるの見るとそんなに変わらないかもね。」

そんな風に話す郁子さんは束になった去年の年賀状を手に
“今年は一枚も当たらなかったわ”と笑っていました。

nenga-iwai-all.gif

nenga-no1.jpg新年のゴアイサツ     nenga-no2.jpgくじ付きの贈り物     nenga-no3.jpg年賀の思い